書評 ベネズエラ 

書評 ベネズエラ 

2021年3月25日 オフ 投稿者: Hill Andon

~溶解する民主主義、破綻する経済~

著者:坂口安紀
出版社 : 中央公論新社
発売日 : 2021年1月7日
単行本 : 288ページ

☆☆☆ 一読の価値あり

ベネズエラ、南米の国です。どこにあるかわかりますか?
外務省のデータによると在留邦人は400人足らず(2018年)。貿易額は輸出入を合わせても150億円しかありません(2017年)。
本書は、この日本人におよそ馴染みのない国の現在の政治、経済、社会を真正面から取り上げた、稀有な本です。
しかし内容は決して「南米オタク」向きのものではなく、この国で起こっている出来事を解説することを通して、世界の政治や経済、社会が直面している様々な課題や懸念に多くの示唆を与えてくれます。

ベネズエラは、埋蔵量世界一と言われる石油資源に恵まれ、その収入を背景として比較的安定した民主的な政治体制が維持されてきました。
しかし、1999年にウーゴ・チャベスが大統領となることで転機が訪れます。
典型的なポピュリスト政治家のチャベスは反米、参加民主主義、民族主義(後に社会主義)を掲げて対立を煽り権力の座につきますが、最高裁や選挙管理委員会、中央銀行を傀儡化し、憲法を骨抜きにし、事実上の独裁政権を築きます。
チャベスは石油産業を国有化し、原油高を背景にその収入でバラ撒き政治を実施。

国営石油会社は政府の代わりに借金を強いられ、生産維持のための設備投資もままならぬほどに資金拠出を強いられた結果、社員のモチベーションの低下と資金不足、設備老朽化のために数年のうちに石油の生産量が激減します。
癌で死去したチャベスの後継者となったマドゥロ大統領(2013年就任)はチャベスの政策を引き継ぎますが、折しも訪れた原油価格の下落と、米国による経済制裁のダブルパンチを受けて国家経済は破綻。2018年には13万パーセント!!というハイパーインフレが発生し、GDPは3年で半減しました。
犯罪率も急上昇し、かつては治安の安定した国と言われていましたべネスエラは、今では世界で最も危険な国の一つ、と言われています

本書はこうしたベネズエラの凋落とその原因を多くのデータに依りながら多角的に論述しています。
ポピュリズムと独裁による民主主義の劣化、野放図な放漫財政による経済の破綻、その結果生じる社会秩序の崩壊・・・。
今、世界中で起こりつつある現象の縮図がまさにこの国の有様なのです。

「やってはいけないこと」のケーススタディをタイムリーに提示してくれたという意味で、本書は意義深い一冊だと考えます。

(この稿おわり)