書評 エスニック・アメリカ

書評 エスニック・アメリカ

2021年9月10日 オフ 投稿者: Hill Andon

~多文化社会における共生の模索~

著者:明石紀雄・飯野正子
出版社 : 有斐閣
発売日 : 2011年6月20日
単行本 : 450ページ

☆☆☆☆ お薦めの1冊

好むと好まざるにかかわらず、日本にとって最も身近な「外国」=アメリカ。
好むと好まざるにかかわらず、国際社会に最も大きな影響力を示す国=アメリカ。
そしてそのアメリカは今、同国の歴史が始まって以来何度目かの「岐路」に立っています。

本書はそんなアメリカ(=米国。正確には「アメリカ合衆国」)を理解するには格好の良書です。

本書のオリジナル(初版)が出版されたのが1984年。
筆者は大学のテキストとして同書を読み、以降社会人になってからも何度か手に取った上、第3版の本書を改めて読みました。
著者グループの顔ぶれも少し変わり、2011年までの米国社会の変化が織り込まれています。

たかだか二百数十年前に建国されたこの国は、以来国際社会の変化との間に相互に濃密な影響を取り交わしつつ現在に至ります。
その間の同国の歴史は膨大な数の「移民」(エスニックグループ)を受け入れ、その同化と、同化の拒否を繰り返してきた過程に他なりません。

本書はそのプロセスを丹念にたどります。
英国系初期移民の文化や価値観への順応こそ米国文化のアイデンティティ確立であるとする「アングロ・コンフォーミティ」に始まり、「メルティングポット」(るつぼ)に象徴される「融合」こそアメリカ文化である、とする見方。いやいやそんなことはない。世界中から米国に移り住む様々な民族(すなわち文化)は部分的には米国社会に融合しつつも「モザイク」状にもしくは「サラダボウル」のように自分たちのエスニックアイデンティティを保ちつつ米国社会を形成していくという「文化的多元論」など、米国社会を読み解く様々な見方を紹介してくれます。

こうした米国社会を理解する基本的な考え方をベースに、これまでの米国史において展開されてきた「普遍的?米国文化」と個別の「エスニック文化」の相克の事例を具体的に紹介しつつ、個々の事例を通じて米国文化・米国社会そのものが(国際社会の変化の影響も受けつつ)どのように変化してきたか、をたどるプロセスこそ本書の醍醐味です。

例えば1960年代以降、マイノリティグループへの差別を解消するための行政的司法的な措置「アファーマティブアクション」は、一方でマイノリティ優遇という「逆差別」の誹りを(アングロ・コンフォーミティを今なお信奉する?)保守派から受けつつ、時々の米国社会の問題意識の矛先を鋭敏に反映しながらその是非を繰り返し問われてきました。
本書の取り扱う時間的範囲を超えた現在においても、2020年5月のジョージフロイド事件(警察官による黒人男性ジョージ・フロイド氏の殺害)に関わる22年6か月の実刑判決は、今後アファーマティブアクションを巡る現代の事例として議論の対象となっていくでしょう。

併せて、LGBTなど古くて新しい「マイノリティ」をもエスニック集団として捉えて行かなければならない。いや、そんな必要はない。というリベラルvs保守の立場の違いは、現代アメリカの「断層」の構図として本書が提示してきたパースペクティブが現在もなお有効であることを示しています。

本書がカバーしてきた時代的な範囲としてはオバマ大統領の就任までで、その後のトランプ政権の発足とそれによる国際社会と米国社会の情勢変化、さらにはバイデン政権による「リベラルの復権」は押さえられていません。ましてやアフガニスタンとの「20年戦争」がこんな結末になろうとは・・・・。
「オバマ後」の米国社会を「エスニック・アメリカ」的なフレームワークで捉えた時に、本書の著者たちがどのような切り込みを見せるのか?興味深いところです。

地味な本ですが必読の1冊。
(この稿おわり)

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