書評 良い戦略、悪い戦略

書評 良い戦略、悪い戦略

2022年9月11日 オフ 投稿者: Hill Andon

著者:リチャード・P・ルメルト
訳者:村井章子
出版社 : 日本経済新聞出版
発売日 : 2012年6月22日
単行本 : 410ページ

☆☆☆☆ お薦めの1冊

著者は戦略論と経営理論の「世界的権威」と言われていますが、寡作のためか日本での知名度はさほどではありません。
しかしながら本書は他の著名な「戦略の大家」の数々の著作とと比べて勝るとも劣らぬ名著と言って差し支えありません。

書名のとおり「良い戦略とは何か?」「悪い戦略とは(これが大半)とは何か?」を極めて明確に、一刀両断にして示してくれています。
本書によれば「良い経営戦略」とは「自社の強みと弱みをみきわめ、状況のチャンスとリスクを評価し、自社の強みを最大限に活かす」こと。
極めてシンプルです。
別の個所では「最も効果の上がるところに持てる力を集中投下することに尽きる」
もっとシンプルですね。
一方「悪い戦略」には4つの特徴が挙げられていて、

  1. 空疎である:華美な言葉や難解な表現を使い高度な戦略思考の産物であるかのような幻想を与える
  2. 重大な問題に取組まない:重要な問題について見ないふりをするか、軽度/一時的といった誤った定義をする
  3. 目標と戦略を取りちがえている:問題を乗り越える道筋を示さずに、単に願望や希望的観測を語る
  4. まちがった戦略目標を掲げている:重大な問題と無関係だったり、実行不能なものを戦略目標として掲げている

といったところ。
たしかに「あるある」ですよね。
「経営企画室」みたいな部署が作ってくる「成果物」はたいてい①みたいなものですし、トップの意向を忖度してつくられる「戦略」にはたいてい②みたいなことが起こっている。
また「売上50%アップ!」という「戦略」は③の典型例。
④については、スタートアップのベンチャーが次のステップへの飛躍を図ろうとするときなどに現れます。本書ではこんなふうに喩えられています。
「あなたたちはオリンピックの1500メートル走で金メダルをとった。次に1万メートルに出場するなら、良い成績を取れる可能性が高い。でもあなたたちが今度出場しようとしているのはゴリラとのレスリング」

本書の凄いところは、こうした良い戦略、悪い戦略の例証について、きわめて豊富な実例を挙げていること。しかも一般的な「事例紹介」にありがちな礼賛に終始するものではなく、歯に衣着せぬ、時にスパイスの利いた皮肉をもって「事例」をバッサリ切って捨てていること。
トラファルガーの海戦・リーマンショック・イラク戦争・アップル・スターバックスコーヒーetc.
これらは文字通りほんの一部。本書はまさに事例の宝庫で、上述のシンプルな命題がこれら事例から帰納的に示されているとなると、納得せざるを得ません。

「経営戦略」なんていう大袈裟なものでなくても、自分が、もしくは自分が属する組織が何かをやり遂げねばならないときにどうするか?となった時に、本書のコトバが指針を与えてくれるでしょう。
「最も効果の上がるところに持てる力を集中投下せよ」と。
「戦略本」としては屈指の1冊です。
(この稿おわり)