流しの診断士;上野孝義が聞いた経営者のつぶやき(悩み、過ち、夢、そして希望)-④

流しの診断士;上野孝義が聞いた経営者のつぶやき(悩み、過ち、夢、そして希望)-④

2022年6月12日 オフ 投稿者: 上野孝義

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通(つう)にしかわからない

本コラムに寄稿させて頂くこと、今回が4回目です。
「流しの診断士 かっこいいですね」、「人情味たっぷり」といったお声もかけて頂きました。
また現在学びを深めているコーチングの道場にて3回目のコラムを取り上げて頂き、ディスカッション頂くという大変嬉しく名誉なこともありました。この場をお借りして皆様に御礼申し上げます。
さてこれまでは私なりにじっくりと考えて提言し上手くいったケースを取り上げていました。
今回は残念ながら上手くいかなかったケースとなります。
また同時にコーチングを学ぼうと思ったきっかけとなった大変思い出深いケースでもあります。


中小企業診断士は5年間で5回の新たな知識、理論を学ぶ研修受講を義務付けられている。
広い会場で多数が集まり受講する訳であるが、ある年の研修が終わり帰ろうと席を立った瞬間、「上野さ~ん」と呼ぶ声がした。
一体誰? と思いつつ、声のした方向を見ると以前研修等々でお世話になった先輩診断士の方が手を振りながら近づいてきた。

「いゃー、ちょうど良かった。連絡取りたいなと思っていたんですよ」
どうされたんですか?
「ちょっと相談したことがあるんだけど時間あります?」

とのやり取りの20分後にはビールで乾杯していました。

その先輩診断士からのお話とは、

  • 中学時代の同級生が古美術の店を開いている。
  • その同級生は大変マニアックかつストイックな性格であるが古美術に情熱を持っている。
  • 現在は一人で店舗を運営。昔は店員というか弟子といった方もいた。
  • 最近お店の調子が良くないみたいなので相談に乗ってあげて欲しい。

とのこと。

どうして先輩は相談に乗ってあげないんですか?
「だいぶご無沙汰だったけど同窓会で久々に会ったんです。私はアートやマニアックな世界は不得意で。」
「マニアックな世界、を考えていたら上野さんの顔がなんとなく思い浮かんだんですよ。」
(はぁ?)
「小売業って好きでしょ?中野の超有名な商店街も診断されたことがあったと聞いたし」
いやいや、そう言われても古美術は全く無縁だし、想像もつかない世界だから無理ですよ。
「そういう世界だから上野さんにぴったりなんですよ。」
・・・・・・。

そんなこんなで居酒屋代のおごり等々含めて丸め込まれてしまった私であった。


本業を別に持ち、気のままに現れる「流しの診断士」としてはこのような話はありがたく大切にしなければ、と自分に言い聞かせ都内の某所にある古美術店を訪問した。

その店はビルの一階にあり、看板やショーウィンドウは見当たらない。小売店のイメージとは少々遠い趣であった。
中に入ると日本刀のような鋭さ、輝きの中にも温かみを感じる店主(社長)から、にこやかに静かに迎え入れられた。
古美術品があるのかと思いきや、それらしきものは無く、数多くの美術図鑑のような書籍や写真集が壁を埋め尽くしていた。
まるで本屋のようである。

社長にご挨拶や自己紹介、また先輩との関係を説明し、ひと段落したところで、
こちらは店舗ではなく事務所ですよね? と質問したところ、
「ここは店舗です」とのしっかりとした回答が。
販売される商品はどちらに?
「実物を置くのはリスクがあって置いていないんです。」
でもお客さま販売するのに実物がないと・・・。大きなものだったりするのですか?
「小さなものでしたらポケットに入るくらいのものです。大きなものだと屏風とか大型の絵画もあるし、壺や等身大に近い人形とかもあります。」
スペースの活用や機会拡大のためにも実際の商品を置かないと。それにお客様が来店されてたのに商品がないとちょっとがっかりされるのでは?
とのやり取りがあった。

社長の話を聞くと物を置かないのは次のような理由。

  • 古美術だけに室温、空調、日光等にも気を遣う。
  • 盗難等の恐れもある。
  • 単に眺めに来るような人の来店は望ましくない。

「通にしか売りたくないし、通にわかって欲しいのですよ。」
そうはおっしゃいますけれど・・・。例えば商品の写真を飾るとか、小さな商品をケースの中で陳列するとかあると思います。
「目録を作ってそれをご覧頂いています。」
「通ならばそれで理解頂けるんです。」
「写真はあくまで写真です。」
ちなみに商品のPRとかはどのようにされていますか?

「目録を定期的に愛好家の方や大学の研究者、美術館等に送付しています。」
反応はいかがですか?
「なかなか通の方がいなくて・・・・。」
買う人の立場に立てばやはり現物を見ないと、また目録だけではイメージも伝わらないのではないでしょうか?
「いや通の方ならわかるはずです。」
とのやり取りが繰り返され、タイムオーバーとなった。


同日夜先輩診断士にTELにて報告。
どうも話がうまく進まず、聞きたいことや言いたいことも中途半端に終わったことを伝えた。

「いやいや、上野さん気に入られたみたいよ、次にいつ来てくれるかな?って、さっき電話ありましたよ!」
えーっ!?
「鉛筆の話なんかすごく感心してたよ。気配りが素晴らしいって。」

鉛筆の話とは・・・。
古美術店を訪問した際に鉛筆で私がメモを取っていたのを見た社長が
「鉛筆を使われる方は最近では少ないですよね?」
普段は万年筆かボールペンを使いますが今日は鉛筆を使っています。
「どうして今日は鉛筆なのですか?」
以前神保町の有名古書店のコンサルの際にそちらの社長からお願いされたんですよ。
「へぇーっ、どんなお願いだったのですか?」

鉛筆であれば誤って商品(古書、古文書)に触れてしまっても消すことができる。ボールペンは消せないし傷をつける可能性がある。だから申し訳ないけどこれで書いて。と鉛筆を渡された。
それを思い出して今日は鉛筆だけを持ってきましたし腕時計もしていません。
とのやり取りがあったのである。

話は電話での先輩診断士と会話に戻る。
「だからさぁ、今度の土曜日あたりにまた行ってあげてよ。」
いやいや私では力不足ですし、話もかみ合わないですよ。
「でもさ、上野さんのこと気に入ったみたいよ、本当に。」
「新たな分野の知識獲得、実績作りと思ってお願いしますよ。」

・・・・・・・・。


次の土曜日に再訪した。
初回同様のやり取りが続くとともに、結果的には、
商品の仕入れ方法や目録を見た購入希望者にどのように商品をご覧いただくのか?販売していくのか?
の情報について得ることができた。
その一方で、
社長が何に拘られているのか?
何を大切にされているのか?
何をされいたのか?

がとうとうわからないまま店舗を失礼することとなった。


先輩に当方より改めて電話した。
「ちょっとうまくいかなかったみたいだね。」
「『やっぱり通でなければわかってくれないのかなぁ。』って言っていたよ。」
「今回は諦めよう。」
「本当に申し訳なかった。」

との会話で終わった。

少々悶々とした気分で先輩や社長にも申し訳ないと思いつつ、その他の仕事等もあり段々と記憶から薄れていったのである。

約1年後先輩から再び連絡があり、
「あの古美術商だけど急に店舗をたたんで海外に行ったみたい。」
「行先は誰も知らないみたい。」
「同窓会がまたあってそんな話聞いたよ。」

とのこと。

1年前を思い出したものの、

  • 結局何が原因でうまくいくことができなかったのか?
  • もっと社長の懐に飛び込めていたら・・・。
  • 結局信用、信頼を得られなかったのでは?
  • いや自分が社長を信用、信頼できなかったことが結局は原因だった。
  • 社長はなぜ海外に行った? もしかしてそれが希望であり、相談したかったことでは?

との様々な想いが湧き出てきて大きな悔いが残った。


このケースで得た学び、教訓は

  • 経営者が創業、会社経営をする想いは様々であり、それを否定することは誰にもできない。(反社会的なことは別として)
  • 困っている経営者、やりたいことがある経営者をサポートしていく、意思決定に必要なアイディアや情報、またやり方をアドバイスしてこそのコンサルタント。幅広い知識や経験、また懐の深さや人間的な魅力も当然要求される。
  • 経営者はコンサルタントに対して期待を持つ一方で疑いや心配、ためらいがあることも事実である。そこをクリアしてクライアントの信頼を得ること、クライアントの懐に飛び込んでいくのかが何よりも大切である。
  • そのためにはまずはクライアントを信用すること、信頼することが第一。その姿勢が無ければ信用、信頼は得られない。

自分自身の至らなさを反省しつつ、ではどうやって懐に飛び込んでいくのか? 心理学を学べばよいのか等々いろいろと考えるうちに「コーチング」という言葉が急に閃いたのでした。
コーチングはまだまだのレベルですが、学びを深めスキルとして身に着けたうえで、また古美術店の社長にお会い出来たら、と思う今日この頃です。

(この稿おわり)